コロナ禍での一番大変な状況だった緊急事態宣言が明けて、大会や試合の数もだんだん復活し、それに合わせてこれまで私がやってきた活動もようやく元に戻ってきたかなという感じです。
その活動というのは、ただ(対戦依頼等のお声がけに)対応するだけではなく、自分で主催をしたり、いろいろな企画を立ち上げたり、またそれを色々な団体に持ちかけて実現させることでもあります。それがようやくできるようになってきたので、今は非常に楽しい時期ですね。
―それはプロレスラーというよりもプロデューサーやプロモーターの領域ですか?
はい、全てですね。レスラーとしても戦いますし、プロデューサーやプロモーターとしてあれこれ企画します。いわゆる地道な宣伝的なこともやっています。何故やるのかって?それはやはり好きだからですね。
自分の活動の原点というか全ての根源は愛だと思っているんです。色々と考えているのですが、すべての物事や現象を砕いていくと一番最後に残るのは愛になるんだろうと思っていまして、私はそれに即したところで行動しているんですね。中でも家族への愛、郷土への愛、仕事への愛、この3つの愛という在り方が私を一番突き動かす原動力になっているんです。
―郷土愛と言えば、千葉のことを扱い、フィーチャーすることがとても多いですよね。
はい、多いですね。それだけ千葉という県が魅力的な場所だからです。とても広い県ではあるんですが、ただ広いというだけではなく、あらゆる面でのニーズに応えられる本当に何でも揃っているところなんです。
標高の高い山はありませんが、その代わり多くの山があります。森もあり、海もある本当に楽しい場所ですね。その魅力をもっと知っていただけたらと思っています。
―菅原孝標女のキャラクターとのコラボもされていますよね?
はい、あれはですね、市原の「いちはら観光PR特使」というものに就任をさせていただき展開しているプロジェクトなんです。特使にならせていただいたからには一所懸命やりたいので、できる限り力になれるよう菅原愛を注入しながら楽しんでやっています。
―ゆくゆくは千葉県知事でしょうか?(笑)
いや〜、自分はもともと素行の良い方ではなかったので(笑)
現在の立場は(団体に所属しない)フリーなんですが、裏をかえせば無責任な立場でもあるんです。そうならないよう自分でできる範囲で最大限のお手伝いができるように、また自分のペースでできることがフリーであることの意義だと思っているので、その立場を最大限活かしつつ行動しています。そして、(県知事のような)大きなポストには就かずに活動していく、というのが今の自分に合っているのかなと思っています。
―将棋の駒でいうところの「歩」のようですね。でも実は万能戦士のような・・・。
そうですね。歩も敵陣まで突っ込んでいけば「と金(成金)」なるわけです。そのことをすごく自分も思っていますし、実は団体に所属していた頃から思っていたんです。
選手一人一人は歩兵なんですが、「と金」と同じように動けるような実力をつけていけばもっと団体が大きくなると思いながら活動していたんですが、当時は中々上手くいかなくて、そういう人材のつくり方というか何というか・・・。今はフリーになり、身軽になりましたので、今後色々な団体の方々とお付き合いさせていただくのであれば、自分の経験を踏まえつつ、そういう(と金のような)人たちを色々な団体の中に増やしていく活動をしたいですね。
「と金」になるとまた難しいのが、分裂しやすくなるのかなと思っていまして、力を持ちすぎてしまうんですよね。その人がある程度その地域で大会ができるようになれば団体に所属している必要がなくなり、言ってしまえば団体に自分で作った分の売り上げを(団体に)持っていかれることになりますので、面白くなくなりストレスも溜まる可能性があるんですね。ですから、そうならないためにも団体は如何に選手達をケアをしていくべきなのか、そして選手達は如何に足並みをそろえて進んでいくべきなのかということを真剣に考えていかなければならないと思っています。いわゆるマネージメントとして上に立つポジション的な考えが必要なんだと思います。
かつての自分ではそれが上手くできませんでしたが、これからはそれらの課題を踏まえながら選手兼プロデューサーとしてもっともっと考えて、沢山のレスラーと対峙するためのマネージメントを学び、一人でも多くファンの方に支持されるためのプロモートをしていきたいですね。といっても新団体を作るわけではなく、大和ヒロシというフリーの立場で、そして個人としてできる最大限のことを全力で取り組むべくプロレスの架け橋、つまりプロデューサーでありプロモーターであることにこだわっていきたいですね。
先ほど千葉県の魅力をお伝えしましたが、おかげさまで私は今、その魅力に適した団体を招聘することをやっています。例えばリングを作らずに、その土地の地形を生かしたプロレスをやるのであればDDTさんの路上プロレスが最適だし、地域密着型のプロレスをやるのであれば千葉県の2AWさんにお願いをしたり、メジャーな団体が相応しい地域や内容であれば全日本プロレスさんにお声がけしたり、というようにケースバイケースでやらせていただいています。まさに、今の立場があってのことと認識しています。多少の苦労はありますが恵まれた存在であると思っています。日々感謝と愛が実感できることがフリーでいられることの醍醐味と理由ですね。
団体の所属選手になってしまうと、もともと学生時代から体育会系にいたせいで年功序列を意識しすぎて動きが固くなってしまうんです。それがフリーになったことで解き放たれ柔軟になり、今では何においても気にせずにいられる、まさにその名の通りの自由(フリー)さを得たんです。もちろん組織に入ることの良さやメリットは沢山ありますが、私という人格は年功序列を重んじることから避けられず、挙句上には盲目的に従い、下には理不尽に当たってしまうような起こしたくもないのに自ら起こしてしまう悪循環にモヤモヤしていたんですね。
―身も心もフリーになったと言って全裸になっいてる写真が流出しているじゃないですか?あれは一体何だったんですか?
あれはバトスカフェっていう団体での出来事ですね。その当時、新宿二丁目プロレスのプロデューサーだった選手と対戦することになり、全裸になったんです。
これは自分のプロレスのスタイルや考え方なんですけど、アントニオ猪木さんが、その昔提唱された「いつ何時、誰の挑戦でも受ける!」の有名な宣言になぞらえ、自分は「いつ何時、何にでも挑戦する!」というスタイルでやらせてもらっています。ですから向こうがそういうスタイルで来るならばこっちもそれに合わせたスタイルで行くぞ!と、そして勝とうが負けようが関係ない!と思ってやった結果、何故かあのような全裸になりました(笑)
結果、そこまでスタイルを掘り下げられたという成果がありましたね。
―あの全裸というのは、大和さんがやろうとしているプロデュースとプロモートを支えるための根っこというか、スパイスというか、いい土台になっているように思います。戦うためのアプローチとして全裸にもなり、何にでもなる!っていう在り方が、さながら令和の異種格闘技戦を彷彿させます。そんな中、最近のプロレス業界で感じたこととか発見みたいなものってありますか?
そうですね。今、格闘技の練習をするために道場に通うことが多くなっているんですが、実は今のプロレスの流れの中では大分逆行しているというか、メジャーな動きではないと思うんですね。何故かと言いますと、今のプロレスは完全にプロレスという競技に特化した練習をするのが主流になっているんです。プロレスのルールにいかに対応できるか、いかにそこで自分の実力を発揮できるかという練習をしていくんです。反則も5カウント以内ならOKで、場外もあり、ロープに登るもアリという状況をシミュレーションしながらの練習なんですね。するとプロレスのルールの中では強いんですけれども他の格闘技とやるとどうなるのか?というところにあまり目を向けなくなっているんですね。
自分が昔憧れたプロレスラーは、どんな格闘技とやっても戦えるし、そして勝つというものでした。やっぱり猪木さんがその最たるものだと思っています。世紀の大凡戦と言われたモハメド・アリ戦では、当時の見方と現代のそれとでは全く違っています。あの日から45年。世界中で技術や価値観が変化していくことで見方や見え方も変わっていきました。そういうところに目を向けていかないとあの頃のようなプロレスに殺気を持たせたような戦いを産み出すのは難しいのではと思っているんですね。だからこそ、現代においてもそこをもっと突き詰める試合をしたいですし、逆にエンターテインメントに振り切った試合もしたいですし、もっともっとプロレスを突き詰めていきたいですね。令和のプロレスを突き詰めたいですね。
あと、2AWさんが配信マッチをやっているんですが、これは若手のレスラーの育成を目的とした大会なんですけど、毎週水曜日と金曜日の開催のうち、水曜日の興行権を私が買ってプロデュースしているんです。コロナ禍からの回復により大会が増えてきたとはいえ、全体的には減少傾向が続いています。そのような中で、特にフリーの選手に対してなるべく試合ができる場所を提供したいと思っています。
そんなところが今のプロレス業界を見渡して思うところですかね。
これまでニーパットは団体内のチャリティーオークションに出品したり、お譲りしたりしたのですが、パンツだけは絶対に譲らなかったんです。ずっと大事にとっておこうと思っていたのですが、ある時そのコスチューム達を見たときに色が変色していたり、ひどいものであれば生地がひび割れたりコーティングが剥がれたりと劣化が進んでいるのに気づいたんです。大事に保管すると誓ったのですが、果たしてちゃんと保管できていたのかと振り返ってみると、そんなことはなかったんですね。袋にまとめるまではよかったのですが、それを押し入れの奥にしまっていただけだったので、温度や湿度の調整にまで目が行き届かず、気づけば劣化していたという現状です。今は応急処置を施していますが懸念しているのは、これ以上の管理や修繕が私にできるだろうかということです。やはり私には難しいという判断になり、ならば大事にしていただける方に持っていていただくのが一番だと思いまして、知人に相談したところシークレットアールさんをご紹介いただき、今回の出品に至ることとなりました。
また、そのような繊細なものばかりではなく、とても状態のよいものやオーダーメイド品、そして今でも使っているもの等々、沢山ご用意させていただきましたので併せてご堪能いただけたら幸いですね。
2022年がデビュー15周年になるんです。そこで節目の大会になるようなものをやってみようと思っています。またそれだけではなく1年間かけて15周年企画というものをぶち上げていきます。「15周年」や「15」にかこつけていろいろな企画をやっていますのでお楽しみください。
今回の愛用品は、デビューの時から現在に至るまで私が歩んできたプロレスという名の「道」を供にしてくれたいわば戦友みたいなものです。その戦友達のコンディションが十分なうちに皆様のお手に取っていただき大事にしていただきたいです。とにかく思い入れ満載のものばかりです。SNSでも事前に告知をいたしましたが、すべてに思い出やメッセージが刻まれています。ですから、手に取ったときにそこに思いを馳せていただけたら、目に見えている以上の何かが見えてくると思いますので是非大切にしていただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。
(2021年12月 都内某所)